2009年3月  

8.20 アラカルト

2008年8月20日水曜日

視聴率アップの為に起用した芸能人(香港版)



香港TVB局では、オリンピック番組に芸能人を起用して視聴率アップを図っていましたが、リポートや解説をするにも相応の知識が必要であり、局側も芸能人の知識のなさは把握済み。御丁寧に起用した芸能人たちに香港浸会大学のオリンピックスポーツに関する講座を受けさせていましたが。授業をサボってばかりいたのがハッケン・リー(李克勤)は知識もないまま、810日、バスケットボールの中国-アメリカ戦の解説を行い、中国人NBAプレーヤーの姚明選手のインタビューをすることになりました。しかし、本人からインタビューを拒否されてしまいました。さらに、水泳飛び込みの解説では「どの選手も知らないなぁ」と、つい本音を口にしてしまいました。一方、香港のスタジオで司会を担当するナット・チャン(陳百祥)もハッケン同様、知識は有りませんが、知ったかぶりをし、どうでもいい発言が多すぎて失笑を買っていました。以前の88日には、開会式当日のメインスタジアム「鳥の巣」で現地リポートが行われていたところ、カメラが切り替わった際に映し出されたのは、中継の準備をしていたドゥドゥ・チェン(鄭裕玲)。カメラが切り替わったことに気づかず、「ちょっと、もっと大きな声でしっかり話せないの?!」などと暴言を吐いているところが放送されてしまいました。しかも、その側には着替え中だったハッケンの姿が。当時、イヤ ホンの調子が悪く、ドゥドゥはハッケンの声がよく聞こえなかったのだそうです。カメラは即座にスタジオへ戻されましたが、ナット・チャンは、ただ笑うばかりでした。



劉翔選手が障害予選を途中棄権した後の大きい波紋。


先日もお伝えした「アジアの昇り龍」としてメダル獲得が確実視されていた中国の劉翔(リウ・シアン)選手の障害予選の途中棄権について、さざま波が広がっています。ここにいくつか紹介しましょう。


●夫婦の間に壮絶なケンカが勃発した。



劉翔選手をめぐって大乱闘を繰り広げたのは福建省在住の程(チョン)さん夫妻。このほどの「途中棄権」を生中継で見ていた程さんは、もともと劉翔選手の大ファン。憧れの劉翔が不戦敗を喫したことに深く衝撃を受けながらも、「彼の苦しみはよくわかるよ」と漏らした。しかし、それを横で聞いていた妻は、夫の落胆もそっちのけで「彼はプレシャーに負けたのよ。負傷なんてきっとウソ。試合から逃げるための言い訳だったのよ」と冷たく現実的なコメント。程さんは妻の発言を聞き、怒りのあまり妻を殴打。大乱闘に発展したケンカは、駆けつけた警察の必死の説得でやっとおさまった始末です。



CMに起用した多くのスポンサー企業にも大きな衝撃。



劉選手が2007年にイメージキャラクターをつとめたのは健康食品のアムウェイ・ニュトリライト、VISA、乳製品の伊利、ナイキ、交通銀行、PC大手の聯想(レノボ)、中国郵政、中国移動通信など14ブランド。2008年にはさらに平安保険やキャデラックなどのイメージキャラクターも加わっており、名実ともに「広告王」となっている。18日からのオリンピック出場に合わせて多数の広告が開始される予定になっていたが、棄権によりスポンサー企業も影響を受けることとなった。業界関係者の試算によれば、劉選手本人の損失額は1億元(約15億円)を超えるが、スポンサー企業の損失は30億元(約450億円)を超えると見られている。 また、スポンサー以外にも、意外なところで影響を受けた人々もいる。110mハードルの競技観戦チケットは一説には5000ドル(約55万円)以上もの値がついたというほど人気があったが、劉選手の棄権によりダフ屋が持っていたチケットは瞬く間に暴落したといいます。



私は北京オリンピックのダフ屋は公務員と思ってました。


  


2008819日、中国新聞社によれば、北京市警察当局は19日、オリンピックチケットの違法取引取り締まりを3日間にわたって集中的に実施し、276人のダフ屋を逮捕したと発表した。そのうち37人は外国人で、7人が行政拘留、18人が中国滞在の期限が短縮となった。北京治安総隊の張暁光(ジャン・シャオグアン)分隊長によれば、15日、外国人が北土城周辺で原価300元(約4500円)のチケットを1000 元(約15000円)で2枚販売しているのを取り押さえたところ、オリンピックの入場券65枚を所持していた。調べによれば、この外国人は自国でチケッ トを買い集めたうえで、中国に観光ビザで入国し、北京で60枚以上のチケットを違法販売したという。5日間の行政拘留となった。当局は取り締まりの重点区域を中心に、ダフ屋行為は違法であり処罰の対象になるとの掲示を、英語を併記して設置するとともに、今後も違法取引の取り締まりを継続していくと注意を喚起している。


ELEANOR:そもそも、国内で席を取り過ぎて外国に流通したチケットは少なく、人気の無い競技については、空席が多いとされる今回のチケット騒動。ダフ屋は堂々とスタジアムの前で販売行為をしている姿は、正規の販売と思うくらいのチケットを所持している。ある小学校に寄贈されたチケットを全て買い入れた中国人ブローカーもいる程。お国柄でしょうか・・・。



世界に誇る日本の芸能人。プリンセス天功



何かの拍子に話題に挙がる程度で、テレビで拝見していても決して出しゃばらずに、その存在だけは皆様もご存知のはず。特別なニュースが有った訳では有りませんが、結構、謎の部分も有りますので、この方について調査してみましょう。まず、プリンセス天功を語る前に引田天功を知らないといけません。初代・引田天功は1934年7月3日に神奈川県横浜市生まれで、。本名は疋田 功(ひきた いさお)。日本大学工学部を卒業後、松旭斎天洋の弟子となる。水中や爆発などの極限状態からの脱出マジックを得意としたマジシャンで1968年から1975年まで7回にわたって日本テレビの特番として放送された脱出イリュージョンで日本中にブームを巻き起こしたが、中年期より心筋梗塞など重度の心臓疾患に苦しみこれが早世につながった。1976年に引田天功に弟子入りしたプリンセス天功(本名不詳)。1959年6月29日(公称)生まれで1977年に初代引田天功の代役で「空中ケーブルからの大脱出」を行った後、1978年6月21日に「朝風まり」の芸名で歌手デビュー。マジックを披露しながら歌う異色のアイドル歌手としてデビューし、しばらく歌手として活動(デビューシングルは「ザ・マジック」、セカンドシングル「くせになるから」)していたが、初代の死去後、初代の後援会の要望で1980年12月15日に二代目を襲名し先代の遺志を受け継いで、命がけのイリュージョンを展開するようになる。世界各地で公演を展開し「プリンセス・テンコー」の愛称で知られ、朝風まり時代から後援会長である佐川急便創業者で会長の佐川清である。彼女曰く、引田天功は日本人だが、プリンセス・テンコーはアメリカ出身のアメリカ人と言う設定が与えられている。

彼女には色々な逸話も有り、そのいくつかを紹介します。

• 北朝鮮の金正日総書記は彼女のファンで、1998年4月には平壌に招聘されてマジックショーを披露し、総書記主催の盛大なパーティーで歓待された。貴重な天然記念動物豊山犬を贈られ、彼女の名を冠した奇術専門の劇場が建てられた。北朝鮮滞在中に原因不明の病気で倒れ入院、帰国の予定が遅れる羽目にあい、帰国後も身辺に連続して奇怪な事件(愛車の盗難やレア物のミッキーマウスのぬいぐるみすり替え事件等)が起こったとテレビ番組等で証言している。

• ハリウッド俳優ジャン・クロード・ヴァンダムと婚約していると、記者会見で自らほのめかしたが、ヴァンダムはテンコーの名前すら知らなかった。

• 愛犬家、愛猫家として知られているが、日本に初めてジャックラッセルテリアを輸入し、同品種のブームを作り上げている。また、米国で初めてキンカジューを飼い始めた。

• 1997年7月。バラエティ番組「ぐるぐるナインティナイン」に出演。「テンコーVSコテンコー」と銘打ち、岡村隆史扮する謎のマジシャン「プリンスコテンコー」と三度に渡るマジック対決を演じた。

• 宇宙旅行を計画中であり、訓練も行っている。

• 2007年5月20日発表の“totoBIG”で3等に当たった事が、オフィシャルブログに掲載(5月21日)された。直後よりブログへのアクセスが殺到。一時アクセスがし難くなった。この日のタレントブログランキング(アメーバ)で1位になっている。

• 『ライオンのごきげんよう』出演時(2007年9月5日~7日)のオープニングコーナーではお題のフリップに事前直筆回答が原則であるが、彼女のみ印刷文字(サイン部分のみ直筆?)となっていた。


さて、そんな彼女も何かあるとテレビに出演し話題をぶちまけます。最近の記事はこちらに

プリンセス天功(年齢非公表)が19日、都内で行ったイリュージョン「ハローキティ&シナモンと不思議な夏休み」の公演後、「最近は日本人からも、もてる ようになり、5人からプロポーズされています」と告白した。具体的な名前を明かさなかったが「5人中4人はタレントです」と話す。誰を選ぶかは「チョイ ス、チョイスしていて、まだ決まっていません」と、笑顔をみせた。


ELEANOR:私はこの方と、黒柳徹子さんが姉妹であるとず~~と思っていました。化粧と風貌がそっくり・・・。

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